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仙台地方裁判所 平成2年(ワ)270号 判決

昭和六三年事件原告

総合住金株式会社

(旧商号 相銀住宅ローン株式会社以下、「原告総合住金」という。)

右代表者代表取締役

大槻章雄

右訴訟代理人弁護士

花渕信次

平成二年事件原告

伊藤究

(以下、「原告伊藤究」という。)

平成二年事件原告

山口映子

(以下、「原告山口映子」という。)

右両名訴訟代理人弁護士

羽柴駿

菊地幸夫

昭和六三年事件被告

同和火災海上保険株式会社

(以下、「被告同和火災」という。)

右代表者代表取締役

岡崎真雄

平成二年事件被告

日本火災海上保険株式会社

(以下、「被告日本火災」という。)

右代表者代表取締役

佐野喜秋

右両名訴訟代理人弁護士

吉田幸彦

平成二年事件被告

日動火災海上保険株式会社

(以下、「被告日動火災」という。)

右代表者代表取締役

江頭郁生

平成二年事件被告

安田火災海上保険株式会社

(以下、「被告安田火災」という。)

右代表者代表取締役

後藤康男

右両名訴訟代理人弁護士

蔵持和郎

主文

一  原告総合住金の請求を棄却する。

二  原告伊藤究の請求をいずれも棄却する。

三  原告山口映子の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  原告らの請求

一  昭和六三年事件

被告同和火災は、原告総合住金に対し、一一八〇万円及びこれに対する昭和六三年一月八日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  平成二年事件

1  被告日動火災は、原告伊藤究に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成元年一二月一日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告安田火災は、原告伊藤究に対し一四〇〇万円、原告山口映子に対し一〇〇〇万円及びこれに対するそれぞれ昭和六三年三月一日から各支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

3  被告日本火災は、原告山口映子に対し、二五〇〇万円及びこれに対する昭和六三年三月一日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  当事者の主張

一  昭和六三年事件の請求の原因

1  原告総合住金は、不動産等を担保とする金銭貸付等を業とする会社であり、被告同和火災は、火災、海上、運送等の各保険等を業とする会社である。

2  原告伊藤究と伊藤正子は夫婦であり、伊藤美智子はその間の長女、原告山口映子はその間の二女である。

3  原告総合住金は、昭和六二年八月一二日、原告伊藤究に対し、伊藤正子を連帯保証人として、六三〇〇万円を、利息年7.14パーセント、遅延損害金年14.6パーセントとする旨の約定で貸し付けた。

原告山口映子及び伊藤正子は、同日、右貸金債権を担保するため、原告山口映子所有の別紙物件目録(一)の建物(以下、「本件店舗」という。)及び伊藤正子所有の同目録記載(二)の建物(以下、「本件倉庫」という。)に、債権額を六三〇〇万円とする抵当権(共同担保)を設定した。

右貸金債権の元本残額は、三四三九万一四二三円である。

4  原告伊藤究と被告同和火災は、昭和六二年八月二六日、被保険者を原告山口映子とし、本件店舗を保険目的とする別紙保険目録記載(一)の普通火災保険契約(以下、「本件保険(一)」という。)及び被保険者を伊藤正子とし、本件倉庫を保険目的とする別紙保険目録記載(二)の住宅火災保険契約(以下、「本件保険(二)」という。)を締結した。

これらの保険契約は、火災によって保険の目的について生じた損害について、被告同和火災が損害保険金を支払うという内容のものである。

更に、本件店舗及び本件倉庫の抵当権者である原告総合住金と本件保険(一)の被保険者である原告山口映子及び本件保険(二)の被保険者である伊藤正子は、被告同和火災に対し、右各保険契約に関し、次の内容の抵当権者特約条項(普通火災保険・住宅火災保険用)の申込みをし、被告同和火災はこれを承認した。

① 被告同和火災は、被保険者が本件保険契約(一)、(二)による保険金請求権を保険の目的についての抵当権者である原告総合住金に、損害発生時における当該抵当権付債権の額を限度として譲渡したことを承認し、本件保険契約(一)、(二)によりてん補すべき額を損害発生時における当該抵当権付債権の額を限度として抵当権者に支払うものとする。

② 被告同和火災は、火災保険普通保険約款又は住宅火災保険普通保険約款の八条一項に定める保険契約者または被保険者の通知義務の不履行があった場合においても、損害をてん補する責に任ずるものとする。

5  昭和六三年一月七日、本件店舗は、火災(以下、「本件火災」という。)により全焼し、店舗内の什器備品、造作、商品はすべて焼失し、本件倉庫は、右火災による消火のため、天井、側壁、畳等の水ぬれ、窓破損、家財一式、商品の煙かぶり・水ぬれ等の損害を受けた。

その損害額は、本件店舗については、一一四八万一〇〇〇円であり、本件倉庫については、一〇〇万円を超えるものである。

したがって、被告同和火災は、原告総合住金に対し、本件保険(一)、(二)の保険金額の合計額である一一八〇万円の支払義務がある。

6  よって、原告総合住金は、被告同和火災に対し、抵当権者特約条項に基づき、保険金額合計一一八〇万円及びこれに対する保険事故発生の日の翌日である昭和六三年一月八日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  認否

1  1項は認める。

2  2項は認める。

3  3項は不知。

4  4項は認める。

5  5項は否認する。

但し、昭和六三年一月七日、本件火災が発生し、本件店舗及び店舗内の什器備品、造作、商品が焼燬したことは認める。本件店舗は全焼ではなく、その損害額は、六四五万一二〇〇円である。

本件倉庫が、本件火災による消火のため、天井、側壁、畳等の水ぬれ、窓破損、家財一式、商品の煙かぶり・水ぬれ等の損害を受けたこと、その損害額が一〇〇万円を超えることは認める。

三  平成二年事件の請求の原因

1  被告日動火災、被告安田火災及び被告日本火災は、いずれも火災保険等を業とする会社である。

2  原告山口映子と被告日本火災は、昭和六二年一〇月二三日、別紙保険目録記載(四)の店舗総合保険契約(以下、「本件保険(四)」という。)を締結した。

原告山口映子と被告安田火災は、昭和六二年一二月二六日、別紙保険目録記載(六)の店舗総合保険契約(以下、「本件保険(六)」という。)を締結した。

原告伊藤究と被告安田火災は、昭和六二年一二月二五日、別紙保険目録記載(五)の長期総合保険契約(以下、「本件保険(五)」という。)を、同月二六日、別紙保険目録記載(七)の店舗総合保険契約(以下、「本件保険(七)」という。)をそれぞれ締結した。

有限会社大宗と被告日動火災は、昭和六二年六月一二日、原告伊藤究を被保険者として、別紙保険目録記載(三)の普通火災保険契約(以下、「本件保険(三)」という。)を締結した。

3  昭和六三年一月七日、本件店舗において本件火災が発生し、本件店舗及び店舗内の什器備品、造作、商品が焼燬した。

本件火災による損害額は、本件店舗、その造作、什器備品・商品のいずれにおいても、右2項の各保険契約の保険金額の合計額を上回っている。

4  被告安田火災は、原告伊藤究に対し、昭和六三年二月一日付内容証明郵便で、本件保険(五)及び(七)を解除する旨の通知をし、原告山口映子に対し、同日付内容証明郵便で、本件保険(六)を解除する旨の通知をし、右通知は、それぞれその頃右原告らに到達した。

被告日本火災は、原告山口映子に対し、昭和六三年二月五日付内容証明郵便で、本件保険(四)を解除する旨の通知をし、右通知は、その頃原告山口映子に到達した。

被告日動火災は、平成元年一一月末までに、有限会社大宗に対し、本件保険(三)の保険金の支払を拒絶する旨の通知をし、右通知は、その頃有限会社大宗に到達した。

被告らは右のとおり、本件各保険金の支払を拒絶する意思表示をしたのであるから、その時をもって期限の利益を喪失したものとみなされるべきである。

よって、原告らに対する被告らの火災保険金支払債務は、いずれもその拒絶の時に期限が到来している。

5  よって、原告伊藤究は、被告日動火災に対し本件保険(三)に基づき五〇〇万円の保険金、被告安田火災に対し本件保険(五)及び(七)に基づき合計一四〇〇万円の保険金、原告山口映子は、被告安田火災に対し本件保険(六)に基づき一〇〇〇万円の保険金、被告日本火災に対し本件保険(四)に基づき二五〇〇万円の保険金及びこれらに対する前記支払拒絶の意思表示の後であり、支払期限後である、被告日動火災については平成元年一二月一日から、被告安田火災及び被告日本火災については昭和六三年三月一日から、各支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  認否

1  1項は認める。

2  2項は認める。

3  3項は否認する。但し、昭和六三年一月七日に本件火災が発生し、本件店舗及び店舗内の什器備品、造作、商品が焼燬したことは認める。

4  4項は争う。但し、各解除の通知をしたことは認める。

五  両事件に共通の被告らの抗弁

1  保険契約者又は被保険者等の故意・重過失による免責

(一)(1) 商法六四一条後段は、保険契約者、被保険者の悪意又は重大な過失によって生じた損害については、保険者は填補責任を負わない旨定めている。

また、昭和六三年事件の請求の原因4項記載の各保険契約の約款(火災保険普通保険約款、住宅火災保険普通保険約款各二条一項一号)及び平成二年事件の請求の原因2項記載の各保険契約の約款(火災保険普通保険約款、店舗総合保険普通保険約款各二条一項一号、長期総合保険普通保険約款一〇条一項一号)は、保険契約者、被保険者又はこれらの者の法定代理人の故意もしくは重大な過失によって生じた損害については、保険金を支払わない旨定めており、また右各保険約款同項二号は、被保険者でない者が保険金の全部又は一部を受け取る場合においては、その者又はその者の法定代理人の故意もしくは重大な過失によって生じた損害については、保険者は、保険金を支払わない旨定めている。

(2) 本件保険(一)、(二)、(四)ないし(七)の保険契約者は、伊藤正子である。

本件保険(一)、(二)、(五)、(七)の保険契約者は、名義上は原告伊藤究であり、本件保険(四)、(六)の保険契約者は、名義上は原告山口映子である。

しかし、これらの各保険を通じて、どの保険会社とどのような保険契約を締結するかを決定していたのは伊藤正子である。

原告伊藤究及び原告山口映子は、保険契約締結についての意思決定、保険会社との具体的交渉、契約の締結について、すべて伊藤正子に任せていたのであって、原告伊藤究及び原告山口映子は、保険契約の内容すら知らなかった。

したがって、右各保険契約の契約者は伊藤正子というべきである。

(3) 本件保険(一)ないし(七)の被保険者は、伊藤正子である。

本件保険(三)、(五)、(七)の被保険者は、名義上は原告伊藤究であり、本件保険(一)、(四)、(六)の被保険者は、名義上は原告山口映子である。なお、本件保険(二)の被保険者は名実共に伊藤正子である。

商法六四一条後段又は右保険約款二条一項一号(長期総合保険普通保険約款については一〇条一項一号)の「被保険者」とは、被保険利益の帰属主体であり、保険の目的物の所有者をいう。

本件店舗は、昭和四三年一〇月二五日、新築され、原告伊藤究、伊藤正子、伊藤美智子の共有名義で保存登記されたが、昭和六二年四月二五日、右共有持分の全部が原告山口映子に移転登記され、現在、本件店舗の所有名義は原告山口映子となっている。

しかし、伊藤正子は、本件店舗で洋品店を経営していたが、その所有名義が原告山口映子に移転された後も、原告山口映子との間で何らの契約を締結することなく、従前どおり、本件店舗を自身が経営する洋品店として使用継続し、また、自ら、本件店舗に原告総合住金のために抵当権を設定し、本件店舗を第三者に賃貸する交渉を行っている。

これに加えて、右移転登記前に本件店舗が日総リース株式会社及び大蔵省から差押えを受けていること、原告山口映子が伊藤正子の娘であることを考え合わせると、右移転登記は、差押えを免れるための登記名義上のみのものであり、虚偽表示であるとしか判断できない。

本件店舗の所有者は伊藤正子というべきであり、本件店舗を保険目的とする本件保険(一)、(四)、(六)の被保険者は伊藤正子というべきである。

また、本件店舗内の什器備品・造作・商品は、伊藤正子が経営する洋品店のそれであるから、これについても経済的・実質的に被保険利益を有する者は伊藤正子というべきであり、本件店舗内の什器備品・造作・商品を保険目的とする本件保険(三)ないし(五)、(七)の被保険者も伊藤正子である。

(4) 保険契約者又は被保険者の家族等保険契約者又は被保険者に代わって保険の目的物を事実上管理する地位にある者、あるいは保険契約者又は被保険者を全面的に代表すべき地位にある者は、保険契約者又は被保険者と同視すべきである。

伊藤正子は、右(3)のとおり、本件店舗を自身が経営する洋品店の店舗として使用し、右建物に抵当権を設定したり、また右建物を第三者に賃貸する交渉を行うなどしていたものであるから、原告伊藤究や原告山口映子に代わって本件店舗及びその什器備品・造作・商品を管理すべき地位にある者であり、あるいは、原告伊藤究や原告山口映子を全面的に代表すべき地位にある者である。

すなわち、伊藤正子は、本件保険(一)、(二)、(四)ないし(七)の保険契約者又は本件保険(一)、(三)ないし(七)の被保険者と同視すべき者である。

(五) また、伊藤正子は、本件保険(一)ないし(七)の保険金の全部又は一部を受け取る者である。

(6) 以上のとおり、伊藤正子は、右各保険約款同項一、二号に該当する者である。

(二) 本件店舗及び本件倉庫を焼失させた本件火災は、右(一)の立場にある伊藤正子が保険金を取得するために故意に生じさせたものであるから、被告らに保険金の支払義務はない。

(1) 本件店舗の使用状況

伊藤正子は、本件店舗一階で、「レディスイトウ」の名称で、婦人洋品店(以下、単に「洋品店」という。)を経営していた。

本件店舗の実質上の二階(登記簿上の三階)は、有限会社大宗経営のスナック「愛に恋」(以下、単に「スナック」という。)に賃貸していた。

(2) 伊藤正子経営の洋品店の経営不振

昭和六二年に入って、伊藤正子が経営する洋品店の従業員の給料は遅配し、本件火災当時、従業員三名の未払給与は、合計一五〇万円であった。

同年秋からは、洋品店の支店である「パルコ店」の家賃も滞納し、本件火災当時、家賃合計五〇万円を滞納していた。

また、同年一〇月頃には、いわゆるサラ金業者、信販会社約一〇社から借入れをしていた。

更に、同月一二日には、原告伊藤究振出の約束手形二枚(額面金五〇万円と二〇万円)の不渡事故を起こした。

伊藤正子は、同月一九日、洋品店の内装工事をする予定がないにもかかわらず、株式会社デザインスタジオアドワークに見積書を作成させ、内装工事代金の名目で、国民金融公庫に対して融資の申込みをしたが、同年一二月二四日、融資を断られ、その直後に、本件保険(五)ないし(七)及び別紙保険目録記載(八)、(九)の各火災共済保険契約(以下、「本件保険(八)」、「本件保険(九)」という。)に加入している。

このような状況の中で、伊藤正子は洋品店の経営を断念し、同年一〇月には、洋品店店舗を第三者の美容室に賃貸する交渉をし、同年一二月初旬には、本件店舗を他に売却する話を進めていた。

右のとおり、伊藤正子経営の洋品店は経営不振に陥っており、昭和六二年一〇月以降は、倒産必至の状況にあった。

(3) 本件火災に近接した火災保険契約の締結

伊藤正子経営の洋品店が倒産必至の状況にあった昭和六二年一〇月以前に、本件店舗、店舗内什器備品・商品等、本件倉庫には、本件保険(一)ないし(三)が締結されていた。

ところが、伊藤正子は、洋品店の経営を断念して、本件店舗を売却しようとしていたにもかかわらず、その後、本件保険(四)ないし(九)を締結した。

しかも、本件保険(五)なしい(七)は、年末の同年一二月二四日、伊藤正子が、突然、被告安田火災の釜石支社を訪れて契約の申込みをし、翌同月二五、二六日にかけて契約したものであり、また、岩手県火災共済協同組合との本件保険(八)、(九)は、伊藤正子が、御用納めの同年一二月二八日の業務終了後の午後に、大船渡商工会議所を訪れ、日直当番の職員に契約の申込みをし、当日は共済掛金が不足しているとして、翌同月二九日に掛金残額を持参して契約したもので、契約の時期、方法の不自然なものである。

本件火災が発生したのは、岩手県火災共済協同組合との間で本件保険(八)、(九)を締結した九日後という極めて近接した時期のものであった。

(4) 本件火災の発生源及び発生の状況

① 本件火災の火元は、本件店舗一階の洋品店店内である。

一階レジ台上方の天井裏鉄鋼梁の焼け状況が、最も深度が深い。この天井裏鉄鋼梁の直下に石油ストーブがある。本件火災当時、この石油ストーブは、芯が火ざらから八ないし一〇ミリメートル出ており、燃焼していた。

他に発火源となり得る、たばこ・電気屋内配線・照明器具・電気アイロン・プロパンガスコンロについては、その可能性が否定されている。また、第三者が侵入し、他の方法で放火したことは考えられない。

したがって、本件火災の発火源は、洋品店内の右石油ストーブである。

② 本件火災発生前の伊藤正子の行動

伊藤正子は、昭和六三年一月六日午後一〇時頃、用件がないのに、洋品店内に入り、石油ストーブに点火し、商品であるワンピース等の掛かっている吊り台三台を石油ストーブの直近約二〇センチメートルの位置に移動させ、石油ストーブを燃焼状態にしたまま店舗を閉めて帰宅した。

③ 本件火災発生後の状況

伊藤正子は、本件火災発生直後、原告伊藤究から本件店舗が火事であることを聞かされながら、現場へ行かず、鎮火した後に行っている。また、数時間前、石油ストーブをつけ、そこから火災が発生したにもかかわらず、慌てた様子も、狼狽した様子もなく、見舞客に応対している。

本件火災発生後、大船渡警察署刑事課では、本件火災が伊藤正子の放火であると断定し、同人を逮捕し、捜査をしたところ、伊藤正子は、一旦は、泣きながら自己の犯行であることを認めている。

以上(1)ないし(4)の事実に照らせば、本件火災は、伊藤正子の故意によるもの、あるいは、少なくとも、伊藤正子が自己の行為により火災が発生するかもしれないことを認識し、それを認容していた未必の故意によるものである。

(三) 仮に、伊藤正子に、故意が認められないとしても、本件火災は、右(一)の立場にある伊藤正子の重過失によって発生したものであるから、被告らに保険金の支払義務はない。

伊藤正子は、深夜に、洋品店内において、石油ストーブに点火して、ワンピースを掛けた吊り台を石油ストーブの直近二〇センチメートルの位置に近寄せ、これをそのままにして、石油ストーブを燃焼状態にしたまま店舗を閉めて帰宅した。しかも、この吊り台は、ねじが少し緩むとねじ留めが落ちてしまう構造であり、現実にもしばしば落ちていたため、普通の床の上には絶対に立てないようにしていたものである。右伊藤正子の行為は、極めて火災発生の危険性の高い行為であり、かつ、その行為による火災発生の危険性を認識することは極めて容易である。したがって、伊藤正子には、本件火災発生について、重過失が存するというべきである。

2  他の保険契約の存在による保険金支払額の減額

(一) 本件保険(一)、(四)、(六)について

仮に、被告同和火災、被告日本火災及び被告安田火災に保険金支払義務があるとしても、支払保険金額は、次のとおりである。

本件火災当時の本件店舗を保険目的とする保険契約は、被告同和火災を保険者とする保険金額一〇八〇万円のもの(本件保険(一))、被告日本火災を保険者とする保険金額一五〇〇万円のもの(本件保険(四))及び被告安田火災を保険者とする保険金額一〇〇〇万円のもの(本件保険(六))がある。

このように、他の保険契約がある場合の保険金の支払額は、火災保険普通保険約款五条一項によれば、次の算式で計算される。

(支払限度額)×(当該保険契約の支払責任額)÷(それぞれの保険契約の支払責任額の合計)

右被告らが支払うべき保険金額は、次のとおり、それぞれ二一五万〇四〇〇円である。

6,451,200×6,451,200/6,451,200×3=2,150,400円

(損害額)×(被告三社の各支払責任額)÷(三社の支払責任額合計)

(二) 本件保険(二)について

仮に、被告同和火災に保険金支払義務があるとしても、支払保険金額は、次のとおりである。

(1) 本件倉庫の時価額(保険価額)は、三一九万円、本件火災による損害額は、一二六万五〇〇〇円である。本件保険(二)の保険金額は、一〇〇万円であるが、このように、保険金額が保険価額より低い場合には、火災保険普通保険約款四条三項によれば、被告同和火災が支払うべき保険金額は、次の算式で計算される。

(損害額)×(保険金額)÷(保険価額)

被告同和火災が支払うべき保険金額は、次のとおり、三九万六五五二円である。

1,265,000×1,000,000/3,190,000=396,552円

(損害額)×(保険金額)÷(保険価額)

(2) 本件倉庫については、その他に、岩手県火災共済協同組合を保険者とする保険金額三〇〇万円の火災共済契約(本件保険(九))が締結されている。

同組合が支払うべき共済金額は、(1)と同様の算式により計算され、一一八万九六五五円である。

1,265,000×3,000,000/3,190,000=1,189,655円

(3) 同一の保険目的について複数の保険契約がある場合の支払額は、前記(一)の算式で計算され、被告同和火災の支払うべき保険金額は、次のとおり、三一万六二五〇円である。

1,265,000×369,522/(396,552+1,189,655)=316,250円

(損害額)×(被告同和火災の支払責任額)÷(二者の支払責任額合計)

六  平成二年事件の被告らの抗弁

告知・通知義務違反による免責(本件店舗を保険目的とする本件保険(四)及び(六)について)

1  被告日本火災は、保険契約者である原告山口映子が、本件保険(四)を締結する当時、本件保険(一)が存在するにもかかわらず、その事実を告げなかったこと、及び右保険契約締結後、本件保険(六)を締結したにもかかわらず、その旨を申し出て、承認の裏書を請求する義務を怠ったことが、店舗総合保険普通保険約款一六条、一七条に違反することを理由に、同一六条、一七条に基づき、昭和六三年二月五日、原告山口映子に対し、本件保険(四)を解除する旨の通知をした。

2  被告安田火災は、保険契約者である原告山口映子が、本件保険(六)を締結する当時、本件保険(四)が存在するにもかかわらず、その事実を告げなかったことが、店舗総合保険普通保険約款一六条に違反することを理由に、昭和六三年二月一日、原告山口映子に対し、本件保険(六)を解除する旨の通知をした。

3  前記五1(二)のとおり、本件火災は、伊藤正子が保険金を取得するために故意に生じさせたものであり、本件保険(四)及び(六)は、不法に保険金を取得する目的の下に締結されたものであるから、保険契約を解除するにつき公正かつ妥当な事由があるというべきである。

七  両事件に共通の被告らの抗弁に対する認否

1  1項(一)(1)は認める。

2  1項のその余の事実は否認する。

3  1項(一)(2)について

伊藤正子は、原告伊藤究及び原告山口映子から概括的に保険契約締結について依頼、承諾を受けており、原告伊藤究及び原告山口映子の意思にも反しないのであるから、その契約内容の細部を伊藤正子が決定していたとしても、伊藤正子が契約当事者になるわけはなく、法律上の契約当事者はあくまで原告伊藤究又は原告山口映子である。

4  1項(一)(3)について

洋品店の経営については、原告伊藤究が最終的な経営責任を負っていたものである。損益は、すべて原告伊藤究に帰属し、原告伊藤究自身洋品店の経営に関してかなりの債務を負担していた。このような実態から、租税当局も伊藤正子ではなく、原告伊藤究に対し滞納処分をした。伊藤正子は、経営者である原告伊藤究からかなりの部分を任されてはいたものの、最終的な経営責任は原告伊藤究が負っていたものである。

原告伊藤究、伊藤正子夫婦は、原告山口映子に老後の世話を見てもらうために本件店舗を贈与した。原告山口映子に名義移転後も、伊藤正子が洋品店として使用継続すること、担保設定すること、賃貸交渉すること等は、すべて原告山口映子が承諾していた。

5  1項(一)(4)について

商法六四一条後段では、文理上保険契約者もしくは被保険者の行為のみを問題としており、法定代理人等保険契約者もしくは被保険者と特殊な関係にある者による保険事故招致の場合に保険者免責とするために約款が規定されている。

したがって、約款に規定がある場合を超えて免責の場合を拡張する解釈は、基本的には排斥されるべきである。解釈次第でいくらでも免責の場合を拡張できるならば、約款は不要となり、保険契約者としては、いかなる場合に保険者が免責されてしまうか予測が困難となり、保険契約者が不利になるからである。

6  1項(二)(三)について

但し、次の事実は認める。

本件火災において、本件店舗一階である洋品店レジ台上方の天井裏鉄鋼梁の焼け状況が、最も深度が深かったこと、この天井裏鉄鋼梁の直下に石油ストーブがあったこと、本件火災後の実況見分時においては、右石油ストーブは、芯が火ざらから八ないし一〇ミリメートル出ていたこと、昭和六二年一〇月頃には、サラ金業者、信販会社等約一〇社から借入れをしていたこと、同月一二日に、約束手形二枚(額面金五〇万円と二〇万円)の不渡事故を起こしており、同年一二月、国民金融公庫から融資の申込みを断られたこと、同月に、本件店舗を美容室に賃貸する交渉をしていたこと、同年一二月初旬に、本件店舗を売却する話が進んでいたこと、本件各保険締結の日時、本件火災が昭和六三年一月七日に発生したこと、伊藤正子が同月六日午後一〇時頃、洋品店内に入り、石油ストーブに点火したこと、本件火災発生後、伊藤正子が逮捕されたこと。

7  2項(一)、(二)のうち、支払保険金額の算式が被告ら主張のとおりであることは認める。

8  2項のその余の事実は否認する。

八  平成二年事件の被告らの抗弁に対する認否

1  1、2項は認める。

2  3項は否認する。

第三  両事件に共通の当裁判所の判断

一  昭和六三年事件の、請求の原因1、2項は当事者間に争いがなく、同3項は甲第一ないし第五号証(枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により認められ、同4項は当事者間に争いがなく、同5項のうち、昭和六三年一月七日、本件火災が発生し、本件店舗及び店舗内の什器備品・造作・商品が焼燬したこと、本件火災による消火のため、本件倉庫が水ぬれ等の損害を被ったことは当事者間に争いがない。

二  平成二年事件の、請求の原因1、2項は当事者間に争いがなく、同3項のうち、本件火災が発生し、本件店舗及び店舗内の什器備品・造作・商品が焼燬したことは当事者間に争いがない。

三  右一、二によれば、原告らは、それぞれ、その請求にかかる被告らに対し、その保険契約に基づく保険金の請求権を有するものと一応いうことができる。

そこで、両事件に共通の被告らの抗弁1項(保険契約者又は被保険者等の故意・重過失による免責)について判断することとする。

1(一)  両事件に共通の被告らの抗弁1項(一)(1)(保険者の免責を定める法・約款の存在)は、当事者間に争いがない。

(二)  本件各保険の被保険者と伊藤正子との関係につき判断する。

(1) 前認定のとおり、本件保険(二)の被保険者は伊藤正子であり、本件保険(三)、(五)、(七)の被保険者は原告伊藤究であり、本件保険(一)、(四)、(六)の被保険者は原告山口映子である。

そして、保険の目的は、本件保険(二)が本件倉庫であり、本件保険(一)、(六)が本件店舗であり、本件保険(三)がスナックの什器備品であり、本件保険(四)が本件店舗並びに洋品店の什器備品及びスナックの造作一式であり、本件保険(五)が本件店舗の造作であり、本件保険(七)が本件店舗の商品一式・什器備品である。

(2) 当事者間に争いのない事実、甲第三、四号証、乙第二四号証、証人及川正二、同伊藤正子、同天間道則、同佐藤英一の各証言、原告伊藤究本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

① 原告伊藤究は、伊藤正子の父が経営する材木店・製材業の仕事を継ぐために、いわゆる婿養子として、伊藤正子と結婚したが、その後、伊藤正子の兄が家業を継ぐことになったため、原告伊藤究と伊藤正子は、昭和三二年に、婦人服の販売業を創業した。

② 原告伊藤究と伊藤正子は、昭和四三年一〇月二五日、本件店舗を新築し、両名と伊藤美智子との共有名義で所有権保存登記をした。

原告伊藤究と伊藤正子は、本件店舗一階で、洋品店を営んできた。

洋品店の経営は、商品の仕入れ、資金繰り等、すべて伊藤正子がその判断において行ってきた。

原告伊藤究は、臨時的に各職場に出向いて、外売りをするような仕事が主であった。

なお、原告山口映子は、洋品店の経営にはまったく関わっていなかった。

③ 本件火災当時、原告伊藤究と伊藤正子は、婦人服販売業として、本件店舗一階で、洋品店を営んでいた他、支店として「パルコ店」を営んでいた。また、パンションという名称の賄い付きのアパートを経営する他、本件店舗の二階を、有限会社大宗が経営するスナックに賃貸していた。

これらの事業は、計画、資金繰り等、すべて伊藤正子がその判断において行ってきた。

また、伊藤正子は、自ら、本件店舗に原告総合住金のために抵当権を設定するなどした。

④ 昭和六二年四月二五日、本件店舗の共有持分の全部が原告山口映子に移転され、本件店舗は原告山口映子の所有名義となった。

しかし、その後も、本件店舗の使用収益の実態にはなんらの変更はなかった。

伊藤正子は、自ら、本件店舗を第三者に賃貸したり、売却する交渉を行ってきた。

⑤ 本件各保険を通じて、どの保険会社とどのような保険契約を締結するかを決定していたのは伊藤正子であった。原告伊藤究及び原告山口映子は、保険契約締結についての意思決定、保険会社との具体的交渉、契約の締結等について、すべて伊藤正子に任せていた。

本件店舗、その什器備品・商品・造作、洋品店及びスナックの什器備品・商品・造作等を保険の目的とする、本件保険(一)、(三)ないし(八)は、すべて伊藤正子がその判断で、他の誰と相談することもなく加入したものであった。

原告伊藤究及び原告山口映子は、保険契約の内容を知らなかった。

右のとおり認められる。

(3)  右認定の事実によれば、本件店舗、その什器備品・商品・造作、洋品店及びスナックの什器備品・商品・造作等を保険の目的とする、本件保険(一)、(三)ないし(八)の被保険者は、形式的には、原告伊藤究ないしは原告山口映子ではあるものの、実質的には、原告伊藤究及び原告山口映子から包括的な代理権を与えられ、これらを全面的に管理し、使用収益して利益を得ていた伊藤正子もまた被保険者であるということができる。

そして、このような実質的被保険者の行為は、商法六四一条後段又は前記各約款の解釈上、被保険者の行為と同視されるべきである。

(三)  そこで、本件火災が、実質的な被保険者である伊藤正子の故意又は重過失によるものであるかどうかについて検討する。

(1) 当事者間に争いのない事実、乙第二四号証、証人及川正二、同伊藤正子、同天間道則、同佐藤英一の各証言、原告伊藤究本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件火災前の伊藤正子の経済的状況及び本件各保険契約締結の事情として、次の各事実が認められる。

① 伊藤正子の実質的な経営にかかる洋品店の経営は赤字であった。

昭和六二年に入って、洋品店の従業員の給料は遅配となり、本件火災当時、従業員三名の未払給与は約一五〇万円あった。

同年秋からは、洋品店の支店である「パルコ店」の家賃も滞納し、本件火災当時、約五〇万円の家賃の滞納があった。

伊藤正子は、同年一〇月頃には、資金繰りのため、サラ金業者と信販会社約一〇社から借入れをしていた。

伊藤正子は、同月一二日、原告伊藤究振出の約束手形二通(額面五〇万円及び二〇万円)の不渡事故を起こした。右約束手形は、伊藤正子が、原告伊藤究名義で振出したものであった。

伊藤正子は、同月一九日、洋品店の内装工事をする予定がないにもかかわらず、株式会社デザインスタジオアドワークに見積書を作成させ、内装工事代金の名目で、国民金融公庫に対して融資の申込みをするなどした(同年一二月二四日、その融資は断られた。)。

また、伊藤正子は、同月一日、新車の購入名目の下に、原告伊藤究名義で、信販会社との間で、九二万一〇〇〇円のクレジット契約を、また、同年一一月三日にも、同様の名目で、信販会社との間で、六〇万九〇〇〇円のクレジット契約を締結したが、実際には、それにより得た金員は、自動車の購入費用には当てられず、洋品店の経営資金とされた。

このような状況の中で、同年一〇月頃から、伊藤正子は、洋品店の経営を断念し、洋品店を第三者に美容室として賃貸する交渉をし、また、同年一二月初旬には、本件店舗を第三者に売却する話を進めていた。

本件火災当時の原告伊藤究と伊藤正子夫婦の負債は、約一億一〇〇〇万円あった。

② 伊藤正子が洋品店の経営を断念した昭和六二年一〇月以前に、本件店舗、その什器備品・商品等及び本件倉庫には、本件保険(一)ないし(三)が締結されていた。

ところが、伊藤正子は、洋品店の経営を断念して、本件店舗を売却しようとしていたにもかかわらず、その後の同月二三日から同年一二月二九日にかけて、本件保険(四)ないし(九)を締結した。

本件保険(五)なしい(七)は、同年一二月二四日頃、伊藤正子が、被告安田火災の釜石支社を訪れて、いわゆる飛び込みのかたちで契約の申込みをし、翌同月二五、二六日にかけて契約した(二五日に保険料の一部の都合がつかなかったため二日に亘った)ものであり、また、岩手県火災共済協同組合との本件保険(八)、(九)は、伊藤正子が、同月二四日頃大船渡商工会議所を訪れ、年の押し詰まった同月二九日に掛金残額を持参して契約したというものであった。

(2) 当事者間に争いのない事実、乙第一六ないし第二一号証(枝番を含む)、証人新沼右近、同及川正二、同伊藤正子の各証言及び弁論の全趣旨によれば、本件火災の状況等として次の各事実が認められる(なお、伊藤正子の行動の主観的側面は、その性質上、もっぱら証人伊藤正子の供述によるものであり、それは、伊藤正子が自らの客観的行動を、本件証拠調期日において、どのように説明し、意味付けしたかという観点において認定するものである。)。

① 本件火災は、昭和六三年一月七日午前二時三〇分頃、洋品店内において発生した。

②本件火災後の実況見分等によれば次のことが判明した。

洋品店の天井裏には、鉄鋼梁が通っているが、その梁のうち、店内中央に存するレジ台の上方の梁の焼け深度が、他と比較して深かった。

レジ台の脇には、芯上下式放射型石油ストーブが存し、本件火災発生時、右石油ストーブの芯は、火皿から八ないし一〇ミリメートル出ており、また芯上下ダイヤルは四分の三の燃焼位置にあった。

石油ストーブの前の床上には、垂木様の材木片が天井から落下した状態で散乱しており、その下にワンピースの吊り台等の金属製陳列器具が二本、その支柱の金属棒が一本倒れていた。

洋品店内の煙草の灰皿を置いている位置には、炎の燃え上がりは認められなかった。

洋品店内の電気屋内配線、照明器具については、異常は認められなかった。

本件火災発生の前日の営業時間中、洋品店内でアイロンは使用しておらず、また本件火災発生時、アイロンはコンセントから抜かれていた。

手洗所に、プロパンガスコンロが置かれていたが、燃焼現象は認められなかった。

これらの他に、洋品店内には、火災発生の原因となるようなものはなかった。

以上のこと及び大船渡警察署による伊藤正子の取調べ状況等から、大船渡消防署は、昭和六三年二月二二日、本件火災の発火源を石油ストーブと、着火物を衣類であると判定した。

③ 本件火災発生の前日である昭和六三年一月六日午後七時二〇分頃、原告伊藤究は、洋品店内の石油ストーブを消火し、午後七時四〇分頃に、戸締りをして店員とともに洋品店を出た。

伊藤正子は、同日は自宅で来客の応対をすることが多く、午後八時頃、帰宅した原告伊藤究とともに二人で食事をした。午後一〇時頃、原告伊藤究は二階の寝室に入った。なお、二階には、原告山口映子が出産した乳児とともに里帰りして宿泊していた。

④ 伊藤正子は、原告伊藤究が、毎年七草の頃に実家に新年の挨拶に行くことから、今年も行くことと思い、原告伊藤究の兄嫁及び妹の三人に進物としてセーターとスカートを贈ることを考えていた。ところが、同月六日の日中は、忙しく、進物を選ぶ時間がなかった。原告伊藤究は、朝出掛けるときに声を掛けずに出てしまうことが多く、原告伊藤究が進物を持たずに翌朝早く出掛けると大変だと思い、伊藤正子は、同月六日午後一〇時頃、進物を選ぶため、自宅から百数十メートル離れている洋品店に向かった。もっとも、伊藤正子と原告債藤究との間では、事前に、原告伊藤究が実家に行くという話はなかったし、同月六日の夕食のときにもその話は出なかった。

伊藤正子は、洋品店に入ると、電気をつけ、更に暖を取るために石油ストーブに点火した。そして、木製陳列台からスカートを選んで、石油ストーブの隣に位置する木製机の上に置いた。次いで、同じ木製陳列台にあるセーターを選ぼうとしたが、木製陳列台の前に置いていた洋服の掛かった二、三体のワンピース吊り台が邪魔になったため、それを木製陳列台の前からストーブの側へ寄せた。その結果、ワンピース吊り台と石油ストーブの距離は、約二〇センチメートルとなった。二、三〇分したところで、伊藤正子は、頭が急に重くなり、このままでは倒れるのではないかと思い、セーターを選ぶのは中止した。そして、石油ストーブを点火したまま、また、ワンピース吊り台を元の場所に戻さず、石油ストーブのすぐ近くに置いたまま、洋品店内の電源の総合スイッチを切って電気を消し、スカートを入れた紙袋を持って洋品店を出た。同月午後一〇時三、四〇分頃であった。

なお、右ワンピース吊り台は、金属性の棒と棒をつなぐネジが多少緩んでおり、しばしば、その繋ぎ目が外れて、棒がずり落ちると共に、それに掛けていた洋服が落下することがあった。そのことを、伊藤正子は知っていた。

⑤ 伊藤正子が、六日午後一〇時三、四〇分頃、洋品店を出た後、本件火災発生までの間に、誰かが侵入した形跡は認められなかった。

⑥ 伊藤正子は、本件火災の発生を、自宅一階で就寝中に、消防車のサイレン音を聞いて知った。伊藤正子は、同じく自宅二階で就寝中に本件火災を知り、現場を見に出掛けすぐに引き返してきた原告伊藤究から、本件店舗が火災中であることを聞かされたにもかかわらず、直ぐには現場に行かず、人命第一だと思い、自宅で、原告山口映子とその乳児の面倒を見たり、見舞客に応対したりした後、二、三〇分後に、火災現場である本件店舗に赴いた。

⑦ 本件火災の後、大船渡警察署は、伊藤正子を放火の疑いで任意に出頭を求めて取り調べた。

伊藤正子は、当初、本件火災が発生した前夜は外出しなかった旨の供述をした。しかし、当夜の伊藤正子の目撃者がいることを告げられると、伊藤正子は、当夜外出し、洋品店前まで行ったが、中には入らなかった旨の供述をした。その後任意の取調べを受けるうちに、伊藤正子は、洋品店内に入ったことを認め、更に、怖いので直接火はつけなかったが、洋品店内の石油ストーブを点火したまま、衣類を掛けたワンピース吊り台を石油ストーブの前に置いて、火事の出やすい状態にして洋品店を出たことは申し訳なかった旨の上申書を書くなどした。

大船渡警察署は、この上申書を資料の一つとして、逮捕状を請求し、逮捕状を得て、昭和六三年一月二七日、伊藤正子を、非現住建造物放火の被疑事実で逮捕した。

伊藤正子は、逮捕、勾留の各段階で、石油ストーブの前に衣類を掛けたワンピース吊り台を近づけて洋品店を出たという供述を否定しなかったが、ワンピース吊り台とストーブとの距離についての供述を変遷させ、捜査当局は、これらの供述に従って再現実験を繰り返したが、結果的には、いずれの場合も、石油ストーブから衣類へ火が燃え移ることの結果が得られなかった。

伊藤正子は、被疑事実につき不起訴となって、同年二月一六日、釈放された。

右のとおり認められる。

(3)  右認定のとおり、伊藤正子は、本件火災発生当時、多額の債務を負担し、その返済に苦慮していたこと、それとともに、本件火災に極めて近接した時点で、本件店舗等を目的としてさらに多額の複数の保険に加入していた(そのうちには、契約申込時に支払保険金の都合がつかないものさえあった。)こと、本件火災の発生源は、石油ストーブの火であり、それは、伊藤正子が本件火災の発生の前夜、格別の用件もないのに洋品店内に入り(証人伊藤正子の供述によれば、その用件は、夜間、夫の実家の成人女性に対する進物として、スカートやセーターを、贈られる側の好み等の確認もしないまま選んでいたというのであるが、そのようなことは、経験則上、きわめて不自然なことといわなければならない。)、石油ストーブに点火し、その近くに発火しやすい衣類の掛かったワンピース吊り台を放置したまま立ち去った、その石油ストーブの火であること及び伊藤正子は本件火災発生直後、火災被害者としてはやや不可解な行動をとっていること等に鑑みれば、本件火災は、伊藤正子が、自ら点火した石油ストーブの火を衣類等に燃え移らせるような何らかの工作をした結果発生した放火事件と疑われてもやむを得ない状況にあったものといわざるを得ない。

(4)  重過失とは、少しの注意をすれば誰でも容易に有害な結果が発生することを予見することができ、したがって大事に至ることをたやすく回避することができたはずであるのに、こうした注意すら怠るような故意に近い不注意をいうと解すべきである。

しかして、右認定のとおり、伊藤正子は、夜間、洋品店内に入り、石油ストーブに点火し、洋服の掛かった二、三体のワンピース吊り台を石油ストーブの側へ約二〇センチメートルの距離まで近寄せたのち、そのままの状態で、石油ストーブを消火せずに、洋品店を出て帰宅したのである。洋服のような引火しやすい物を石油ストーブに近づけ、そのまま放置すれば、火事になる危険性が大きいことは、容易に予見できたことである。そして、右ワンピース吊り台は、金属性の棒と棒をつなぐネジが多少緩んでおり、しばしば、その繋ぎ目が外れて、棒がずり落ちると共に、それに掛けていた洋服が落下することがあったことを伊藤正子は知っていたのである。

本件火災発生の機序は、本件全証拠によっても明らかではない。

しかしながら、右認定判断のとおり、本件火災の発生源は、伊藤正子が点火し、放置した、石油ストーブの火であったのであり、証拠上、これ以外に、本件火災の発生源として疑われるようなものは存在しない。

そうすると、伊藤正子が石油ストーブに点火し消火しないまま放置した行為と本件火災の発生との間には因果関係があると判断するのが相当であり、伊藤正子には、右の状況の下で、石油ストーブを消火しないまま洋品店を出たことにつき重過失があったものといわなければならない。

2 そうすると、本件火災は、本件保険(二)の被保険者であり、その余の本件各保険の被保険者と同視できる伊藤正子の重過失により生じたものであるから、被告らは、両事件に共通の被告らの抗弁1項に記載の法規・約款に基づき、原告らに対する保険金支払義務を免れ得るものである。

四  結論

よって、原告らの請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官坂本慶一 裁判官佐藤重憲 裁判官長沢幸男は、転補のため、署名押印することができない。裁判長裁判官坂本慶一)

別紙物件目録

(一) 所在 岩手県大船渡市大船渡町字茶屋前三二番地三

家屋番号 三二番三の一

種類 店舗

構造 鉄骨造陸屋根三階建

床面積 一階 97.18平方メートル

二階 21.79平方メートル

三階 72.39平方メートル

(二) 所在 岩手県大船渡市大船渡町字茶屋前三二番地三

家屋番号 三二番三の二

種類 倉庫

構造 木造セメント瓦葺二階建

床面積 一階 34.78平方メートル

二階 34.78平方メートル

別紙保険目録

(一) 保険契約日 昭和六二年八月二六日

保険者   被告同和火災

契約者   原告伊藤究

被保険者  原告山口映子

保険の種類 普通火災保険

証券番号  〇一八七二一一九二七―九

保険の目的 本件店舗

保険金額  一〇八〇万円

保険期間  昭和六二年八月二六日から同七二年八月二六日午後四時まで一〇年間

(二) 保険契約日 昭和六二年八月二六日

保険者   被告同和火災

契約者   原告伊藤究

被保険者  伊藤正子

保険の種類 住宅火災保険

証券番号  〇一八七二一一九二六―一

保険の目的 本件倉庫

保険金額  一〇〇万円

保険期間  昭和六二年八月二六日から同七二年八月二六日午後四時まで一〇年間

(三) 保険契約日 昭和六二年六月一二日

保険者   被告日動火災

契約者   有限会社大宗

被保険者  原告伊藤究

保険の種類 普通火災保険

証券番号  五五二〇三一七九

保険の目的 スナックの什器備品

保険金額  五〇〇万円

保険期間  昭和六二年六月一三日から同六三年六月一三日午後四時まで一年間

(四) 保険契約日 昭和六二年一〇月二三日

保険者   被告日本火災

契約者   原告山口映子

被保険者  原告山口映子

保険の種類 店舗総合保険

証券番号 一九三二一三二六〇

保険の目的 本件店舗

洋品店の什器備品

スナックの造作一式

保険金額  本件店舗につき 一五〇〇万円

洋品店の什器備品につき 五〇〇万円

スナックの造作一式につき 五〇〇万円

保険期間  昭和六二年一〇月二三日から同六三年一〇月二三日午後四時まで一年間

(五) 保険契約日 昭和六二年一二月二五日

保険者   被告安田火災

契約者   原告伊藤究

被保険者  原告伊藤究

保険の種類 長期総合保険

証券番号  〇二一二一二〇八

保険の目的 本件店舗の造作

保険金額  七〇〇万円

保険期間  昭和六二年一二月二五日から同七二年一二月二五日午後四時まで一〇年間

(六) 保険契約日 昭和六二年一二月二六日

保険者   被告安田火災

契約者   原告山口映子

被保険者  原告山口映子

保険の種類 店舗総合保険

証券番号  〇九四七二九三一

保険の目的 本件店舗

保険金額  一〇〇〇万円

保険期間  昭和六二年一二月二六日から同六三年一二月二六日午後四時まで一年間

(七) 保険契約日 昭和六二年一二月二六日

保険者   被告安田火災

契約者   原告伊藤究

被保険者  原告伊藤究

保険の種類 店舗総合保険

証券番号  〇九四七二九三二

保険の目的 本件店舗内の什器備品一式、商品一式

保険金額  什器備品一式につき

二〇〇万円

商品一式につき

五〇〇万円

保険期間  昭和六二年一二月二六日から同六三年一二月二六日午後四時まで一年間

(八) 保険契約日 昭和六二年一二月二九日

保険者   岩手県火災共済協同組合

契約者   原告伊藤究

被保険者  原告伊藤究

保険の種類 火災共済

証券番号  三八―一三〇六

保険の目的  洋品店の商品、営業用什器備品

保険金額  商品につき 七〇〇万円

営業用什器備品につき 一〇〇万円

保険期間  昭和六二年一二月二九日午後四時から同六三年一二月二九日午後四時まで一年間

(九) 保険契約日 昭和六二年一二月二九日

保険者   岩手県火災共済協同組合

契約者   伊藤正子

被保険者  伊藤正子

保険の種類 火災共済

証券番号  三八―一三〇七

保険の目的 本件倉庫

保険金額  三〇〇万円

保険期間  昭和六二年一二月二九日午後四時から同六三年一二月二九日午後四時まで一年間

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